アクシデントをプラスに変える
ワールドカップアジア予選は天国と地獄
危機を好機に変えてこそリーダー(前篇) 城福 浩
日経ビジネス 2011年9月15日 (抜粋)
2006年ドイツワールドカップ開幕1ヶ月前、
イタリアサッカー界はカルチョ・スキャンダルで大揺れに揺れた。
イタリア名門クラブ・ユヴェントスのゼネラルマネージャーとCEOが
主犯格で組織的に審判を買収、脅迫し自チームに有利な判定が為されるように
仕向けていたとされた八百長事件。
かくして「ワールドカップどころではない」状態でスタートしたイタリア代表の団結力は、
チーム内に普通に起きる選手起用等の不平不満というものを完全に上回った。
スキャンダルに塗れたイタリアサッカーを自分達の手で取り戻す覚悟で臨んだ大会。
最終的にフランスとの決勝戦をPK戦でものにした。
南アフリカワールドカップ出場に出場した日本代表も、大会前は苦難の連続だった。
2010年2月、東アジア選手権で4チーム中3位。5月の国内最後の強化試合である日韓戦は0対2の完敗。
試合終了後、スタジアムがブーイングに包まれたように当時はメディアと
ファンは日本代表を厳しく見ていた。岡田監督の是非を問うような意見まで噴出し、
「まだベスト4という目標を掲げ続けるのか」、と問いかけるインタビューもあった。
岡田さんはこの時のことをこう語っている。
「チャンスだと思った」

チームの調子が上がらない。これまでのベストパフォーマンスではなく、
更に進化しないとワールドカップベスト4どころかグループリーグで1勝することさえも
難しいレベルの大会であるワールドカップ。
岡田監督は、これまでアジア3次予選及び最終予選で中心的存在だった
中村俊輔選手をはじめとした数人のメンバーを入れ替えることも含めた
思い切ったチーム改革に踏み切った。
これは単に調子が良くないから代える、というレベルの話とは訳が違う。
ワールドカップ出場権を獲得した功労者であり日本のスターである選手達を外すのだ。
外してうまくいく保証はない。うまくいかなかった時、
バッシングに拍車がかかることは間違いないであろう。
しかし大会前のチーム状況は中途半端ではなく、
ある意味どん底だったので可能になった、とも言っていた。
周囲の喧騒やプレッシャーに押し潰されて頭を抱えてしまうのではなく、この状況を冷静に判断し、
「進化するために何かを変えるチャンス」と捉えたところが岡田監督たる所以である。













